I もっと専門的なことを知りたい人は
<文化的背景など>
I-1 『
イギリス文化事典』イギリス文化事典編集委員会・川成洋(編集委員長)編 丸善出版 2014.12 ISBN978-4-621-08864-7
民族性、歴史、文化、慣習、言語などの各項目を見開き2ページ単位で紹介した、中項目主義の事典。1章「イギリスという国」、2章「社会」、3章「物語・小説」、4章「詩」、
5章「演劇」、6章「映画」、7章「音楽」、8章「絵画・彫刻・建築」、9章「教育・スポーツ」、10章「哲学・思想」、11章「歴史・王室」、12章「日英関係」、
13章「スコットランド」、14章「ウェールズ」、15章「北アイルランド」、「もっと知りたい人のための読書ガイド」、索引という構成。
「マザーグース」の項は、4章「詩」の中のpp.208-9にあり、藤野紀男会長の執筆。
I-2 東浦義雄、船戸英夫、成田成寿著『
英語世界の俗信・迷信 <新装版> 』大修館書店 1991 (初版1974) ISBN4-469-24301-9
英米に滞在したことのある3人の著者が、「生活の中の俗信・迷信」「自然・超自然に関する俗信・迷信」「動物・植物に関する俗信・迷信」のそれぞれを分担して執筆。各章の中は、さらに3〜5の節に分け、各節では個々の項目を小見出しに掲げて記述。解説文中でキーツやシェイクスピアを引用して、文学作品中に表われた俗信の用例が示されているものもある。巻末に、日本語の事項索引、参考文献一覧 (英語31冊) を付す。
マザー・グースの唄には、歳時唄やおまじないなども含まれている。これらは、イギリス各地の行事や言い伝えに基づいている場合も多いわけだが、慣習に基づく考え方、感じ方などはなかなか辞書や社会史の本に出てこない。そうした時の一助になるのが本書である。実際にマザー・グースの唄が引用されているのは、「恋占い」の項に "Tinker, tailor"、「ヘアピン」の項に "See a pin"、「自然現象」の節に、多数まとまっているくらいだが、あまりこの種の本がないので、手がかりにはなる。
<絵本・イラスト>
I-3 『
6ペンスの唄をうたおう イギリス絵本の伝統とコールデコット』ブライアン・オルダーソン著 吉田新一訳 日本エディタースクール出版部 1999 ISBN978-4-88888-287-3
ランドルフ・コルデコット(1846〜1886)は、19世紀イギリスを代表する絵本作家。ウォルター・クレイン(1845〜1915)、
ケイト・グリナウェイ(D-2)と並び、彫版師兼印刷業者のエドマンド・エヴァンズと組んで仕事をした。 現代に続く「絵本」という表現形式は、
この3人の作品から始まっている、といってもよい。彼らを生み出した、イギリスの〈物語るイラストレーション〉の流れ〜ホガース、ブレイク、クルックシャンク、
クロウキル、ベネットらの業績〜をたどった上で、その頂点に立つコルデコットを論じる。
著者は、イギリスの英米児童文学研究の第一人者。この本は、コルデコットの没後100年を記念して、イギリスのブリティッシュ・ライブラリーが
開催した展示会のために企画されたもの。
<研究方法>
I-4 『
英米児童文学ガイド 作品と理論』日本イギリス児童文学会編 研究者出版 2001 ISBN978-4-327-48139-1
副題に「作品と理論」とあるように、第1部「研究へのアプローチ 作品とジャンル」では、17の代表的な作品を取り上げ、作品の内容紹介とそのジャンルにおける研究方法などを案内している。
この第1部の冒頭に「1. 『マザーグース』」が取り上げられている。執筆者は、会員でもある夏目康子氏。
第2部「批評の理論と方法」では、児童文学を研究していくにあたって、どのような方法で取り組むか、主な理論の内容と関連作品、その理論を学ぶための文献が紹介されている。
<研究書>
I-5 鷲津名都江著『
わらべうたとナーサリー・ライム〔増補版〕』晩聲社 1997 (初版1992) ISBN4-89188-270-0
副題「日本語と英語の比較言語リズム考」。第1章「伝承童謡について」で日英のわらべうたを考察。第2章では、日本の近代史 (江戸時代以降) の中でのわらべうたの社会的位置の変化を概観、第3章では、いよいよ目玉の概念「言語リズム素」を日英のわらべうたから抽出、第四章では、わらべうたにおける「言語リズム素」と各母語との関係を分析。著者が1986年〜1990年に留学したロンドン大学教育学研究所の修士論文として英語で書いたものをさらに日本語訳・加筆訂正した。増補版は、初版(1992)に「ナーサリー・ライムを使った実験授業からの一考察」を加えたもの。
「日本のわらべうたとの比較」の先行研究文献。わらべうたとの比較研究というと唄の種類や遊び方の比較が多いと思われるが、本書は、新しい概念「言語リズム素」を提唱し、日英国民の言語の特徴とリズム感の違いを説明する。わらべうたの動作や楽譜の分析などを通して、子どもたちが母語を獲得する際、その言語に内包する「言語リズム素」が影響して違いが生まれるという。歌手でもある著者ならではの斬新な切り口。日本における初の本格的マザー・グース研究書。
I-6 夏目康子著『
マザーグースと絵本の世界』岩崎美術社 1999 ISBN4-7534-1380-2
第1部は、「ロンドン橋」「コック・ロビン」「ジャックとジル」「ハンプティ・ダンプティ」など7つの唄を取りあげ、詩句の解釈、年代的変遷、挿絵の変遷を詳しく紹介。第2部は、絵本、童謡集の側から時代ごとに「18世紀」「チャップブック」「ヴィクトリア朝 [エヴァンズの<3人組>]」「三大集成 [ニューベリー、ハリウェル、オーピー]」「20世紀」の5章に分けて詳述。巻頭にカラー口絵30ページ、巻末に図版出典 (カラー、白黒別。計300) 、参考文献 (全て原書。73冊) 、日本語による索引を付す。
「絵本に表われた解釈」の先行研究文献。しかし、特に第2部を見ると、絵本だけでなくそれ以外の童謡集や研究書などの集成史にもページが多くさかれており、初期の挿絵印刷技術から、出版事情などの記述もしっかりしているので、マザー・グース関係出版物全体の歴史が概観できる。
ほるぷ出版の『復刻マザーグースの世界』を持っているだけではわからない当時の状況も勉強でき、現代の絵本作家ワイルドスミス、ブリッグズ、センダックについても知ることのできる貴重な1冊。
I-7 鷲津名都江著『
マザーグースと日本人』吉川弘文館 2001 ISBN4-642-05529-0
巻頭の「マザーグースあれこれ」では「マザーグース」という呼称についてとイギリスにおける研究書の紹介、次の「マザーグース伝来」で日本に初めてマザー・グースの唄が伝えられた明治25 (1892)年前後の事情、「マザーグースと詩人たち」では、大正時代の第一次マザーグース・ブームについて、「多彩なマザーグース訳・絵本」では、戦後の英語教育事情と1970年代後半の第二次マザーグース・ブームについて、「マザーグース受容の多様性」では、コミックスと日本語の歌に現われたマザー・グースについて、「終章にかえて」で日本におけるマザーグース研究を概観。
巻末に、「竹久夢二マザー・グース訳登場作品一覧」(付表1)、図書・絵本などをほぼ網羅した「第二次ブーム以降の主な関連出版物」年表 (付表2)、「コミックスのマザー・グース出典一覧」(付表3) あり。
※この付表1〜3は、当ホームページの「マザーグース・ライブラリー」ページに掲載されています。(管理人@フィドル猫)
「日本における受容」の先行研究文献。明治初期の小泉八雲の長男英語教育のエピソードや、大正時代の土岐善麿のローマ字訳の紹介、戦後直後の雑誌『あかとんぼ』掲載の無記名マザー・グース訳についての訳者推定などたいへん面白い。昭和後期以降を扱っている「多彩なマザーグース訳・絵本」の章では、主な翻訳はほとんど網羅しているし、刺繍や料理、タイプの級数表など変わり種も紹介されていて、痒いところにまで手が届いている。
戦後の「第二次ブーム」を、平野敬一氏の中公新書と谷川俊太郎氏の草思社訳の「相乗効果」であるとの分析や、歌としての日本における伝播の指摘など、今まであまり触れられていなかったことである。最後の「日本における研究概観」では、マザーグース研究会(※現在のマザーグース学会)について触れ、今後の研究への提言で締めくくられており、マザー・グース研究を志す者の必読文献。
I-8 夏目康子著『
不思議の国のマザーグース』柏書房 2003 ISBN4-7601-2268-0
第1章「マザーグースの風変わりな少女たち」で "Little Miss Muffet" "Mary, Mary" "What little girls made of?" 等6篇を扱い、第2章「マザーグースの愉快なおばあさんたち」で10篇以上のおばあさんの登場する唄を紹介。第3章「マザーグースの世界」では「月から来た男」や動物・虫が出てくる唄、子守唄やなぞなぞを分析する。巻末に、文中や図版の出典タイトルの日本語での索引 (原題付き) 、図版出典、原詩全文を付す。
分析手法は、詩句の年代的変遷や異版の違いを見る、イラストの年代による描き方の推移を当時の時代背景や心理学・宗教学の観点から光をあて、各時代の児童文学や一般絵画などを引き合いに出して検証する。特に、おばあさんを扱った第2章では、グリム童話における魔女との比較、昔話の分析手法が応用される。面白かったのは、「ミス・マフェット」のクモは初期の頃 "little spider" だったこと、「男の子は何でできてる?」の最近の異版でついに男女が逆になり、女の子がカエルやカタツムリでできてる絵本を発見したことなどで、著者の丹念な検証に頭が下がる。また、興味深かったのは、「てんとう虫」の唄と1688年の「ウォーミング・パン・プロット」との関わりの指摘である。このことは、オーピーの
ODNRにもベアリングールドの
AMGにも触れられていないので、新しい指摘ではないかと思う。イギリス史の裏話にまで行き届いた著者の目配りにも脱帽である。これもまた、マザー・グース研究を志す者の必読文献なのは間違いない。