Comparative Studies in Nursery Rhymes

by Lina Eckenstein (翻訳・注釈 星野孝司)

第3章 わらべ唄と俗謡


 我々のわらべ唄集の内容をより詳細に検討してゆくと,いわゆる「伝承童謡」というものの大半は,古い辻売り楽譜(broadsides)や 初期の歌謡集などに見られる古い俗謡,もしくはそうした俗謡の断片であるということに気が付くだろう。こうした俗謡やその断片が わらべ唄集に混入したのは,それらの歌が収集の編まれた時期にたまたま流行っていたため,そして後代の編者たちがそうした古い収集から 自分の収集に歌を転載したためである。俗謡にはたいてい多くのヴァリェーションが伝えられているが,これは流行り歌というものが しごくうつろいやすいものであるところからきている。たとえば,古くからあった曲に新しい歌詞が付けられ,以前とはまったく 別の歌でありながら韻を踏んでいる各句末の語は残っているといった場合もあれば,はたもとの趣意を完全に違えてしまうような 新しい歌詞が入っている場合もある。しかし,こうした俗謡のヴァリェーションの多くは,突然現れ,たちまち消えてしまうので, 偶然書き留められてでもいなければ,忘却の淵を逃れ得ることはない。


 たとえば,次のような歌い出しの六連ものの唄が,『ガチョウおばさんの音楽』に載っており――

 There was a little man            はてもちび君
  who woo'd a little maid,           ちび嬢を口説く
 And he said:little maid,            いわくちび嬢
  will you wed,wed,wed?            しましょや結婚婚
 I have little more to say,           あい,否,一言
  will you? Aye or nay?             ほか要らぬ
 For little said is soonest           言わぬは言うに
  mended,ded,ded."…  (1799,p.46)      いやまさるんるんるん

 ハリウェルのわらべ唄集にもその第一連と第四連のみの版が収録されているが(1842,p.24//*co No.23,p.16), チャペル(1)によれば, これはもと《吾はノーフォークの公爵様よ》(I am the Duke of Norfolk) もしくは,《セント・ポールズの塔》(Paul's Steeple) といった 俗曲にのせて歌われ,大いにもてはやされたポピュラーなバラッドであったという。1781年,(*Newberryによって)出された 『奇麗奇麗な黄金のおもちゃ』(Fairing or Golden Toy for Children of all Sizes and Denominations)には, これが「大英帝国の詩人による“新しい”恋歌」であるとされている。しかし本当のところこれは《唖の嬢ちゃん》(The Dumb Maid)という ――1678年頃に出された辻売り楽譜中にすでに見え(2),1698〜1719年にかけて編まれた初期の歌謡集 『憂鬱一掃の妙薬』(Pills to Purge Melancholy)*1 にも収められている,古い歌の, 歌詞的なヴァリエーションの一つに過ぎない。

 There was a bonny blade           いなせな男がおりまして
 Had married a country maid,          田舎娘とむすばれて
 And safely conducted her home,home,home;  婚約交渉すみずみすんだ
 She was neat in every part,          心配りも憎いがばかり
 And she pleased him to the heart,       様のなさけもことさらに
 But alas,and alas,she was dumb,dumb,dumb. けどあら惜し惜しゃ唖娘!

 これらの歌の間にある類似点は,その独特な語の繰返しかたであるが,この技法が用いられているわらべ唄には, ほかに次のようなものがある。

 There was a little man,              ちっちゃな男の
 And he had a little gun,             ちっちゃな銃の
 And his bullets were made of lead,lead,lead;  弾は鉛のたまたまたま
 He went to the brook,               ゆきゆく小川
 And he saw a little duck,             みつけた雌鴨
 And he shot it through the head,head,head.  ずどんと命中あたまたま

 He carried it home,                帰るはおうち
 To his old wife Joan,               ジョウンがおかみ
 And bid her a fire for to make,make,make,  火をば焚きおけかまどまど
 To roast the little duck,             焼くのさ雌鴨
 He'd shot in the brook,              産地は小川
And he'd go and fetch her the drake,drake,drake. 再度出発今度は雄鴨かも
 (1744,p.43 リピートつきのものは 1810,p.45 にみられる)

初期のわらべ唄集にはよく,こんな歌が収録されている――  

There was an old woman toss'd in a blanket, おばさんありき毛布で跳ねた
Seventeen times as high as the moon;     十七倍も月より高く
But where she was going no mortal could tell, どこへゆくのか尋ねたや
For under her arm she carried a broom.     ほうき小脇にかかえてさ
“Old woman,old woman,old woman,"said I,  おばさんおばさん おばさん
“Whinther,ah whinther,ah whinther,so high?"  どこのどちらへご天覧?
To sweep the cobwebs from sky,        空のクモの巣いざ払わん
And I'll be with you by and by.(c.1783,p.22)  ぬしもいつかは連れ参らん

 この歌をゴールドスミスはお気に入りで,戯曲『お人好し』*2 が上演された日の晩餐会では, 彼自らこれを友人たちに歌って聞かせたという。(3) この歌は 「リリバレロ*3」,少なくともパーセル (Henry Pursell 1658?-1695) (4)*4 の時代までさかのぼりうる曲調――にのせて歌われた 無数の俗謡のうちの一つである。チェンバースの収集1870には,こうした歌の興味深いヴァリエーションがいくつもとりあげられているが, その中に,この歌のスコットランド語ヴァージョンが載っている。

 There was a wee wife row't up in a blanket,    おばさんありき毛布で跳んだ
 Nineteen times as hie as the moon;        十九倍も高く 月様の
 And what did she there I canna declare,      なんのつもりか知らねども
 For in her oxter she bure the sun.        小脇にかかえて お天道様を
 
“Wee wife,wee wife,wee wife,"quo'I,        おばさんおばさんおばさんやい
“O what are ye doin'up there sae hie?"       そんなに高くで何するやい
“I'm blawin'the cauld clud out o' the sky."    お空じゅうから叢雲掃い
“Weel dune,weel dune,wee wife!"quo'I.       やれやれおばさん!おらの言い
 (1870,p.34)

 私はかつて,1835年に書かれたという,グレイ伯とブルーエン卿*5 のことを吟った 以下のような詩文を目にしたことがあるが,おそらくはこれもこの歌のもじりであったものだろうと思われる。

 Mother Bunch shall we visit the moon?
 Come,mount on your broom,I'll stick on a spoon,
 Then hey to go,we shall be there soon …etc.

 この「バンチおばさん」*6というのは,英国で親しまれている伝説上のキャラクターの一つで, 古いチャップブックのたぐいでは,すこぶるの物知り,結婚問題のよき助言者などとされている。彼女に関する最初期の文献としては,まず 『パスカルと陽気なバンチおばさんの落語集』(Pasquill's Jests with the Merriments of Mother Bunch)があげられる。 この本には異版がいくつかあり,ハズリットの『英国古洒落本集成』(Old English Jestbooks) 1864年・第3巻として 復刻もされている。1802年にはハリスの『バンチおばさんの最新披露ないしょ話』(Mother Bunch's Closet newly broke open), 『バンチおばさんの黄金易断』(Mother Bunch's Golden Fortune Teller),そして『バンチおばさんのお伽話』 (Mother Bunch's Fairy Tales)という本が出版されている。また1733年に出された『オズボーンおばさんの反清教徒書簡』 (Mother Osborne's Letter to the Protestant Dissenters rendered into English Metre by Mother Bunch)という本にも その名前は見受けられる。

この「バンチおばさん」が「ガチョウおばさん」や「シップトンおばさん」同様に,古くからの伝説的な存在であることは, 彼女に「賢い女」とか「魔女」といったイメージがつきまとっている点からも明らかであろうと思われる。

 初期の収集によく見られる古い歌といえば,こんなものもある――

  What care I how black I be?         髪が黒くて何悪い?
  Twenty pounds will mary me;       あたしゃそれほど安かない
  If twenty won't,forty shall          二十なもんかい四十両
  I am my mother's bouncing girl.(c.1783,p.57) 母様秘蔵の箱入りよ

 チャペルはこれの元となった《何ぞこの娘のここだ愛しき》(What care I how fair she be?) という歌は,1620年(5)以前にまでさかのぼりうるとしている また,この歌はかつて, かの歴史家*7 の父で奴隷制弁護で有名だった政治家, ザカーレー・マコーレイ(Zachary Macaulay) を諷刺するのにも使われている。 奴隷制廃止法案は1833年に可決されたが,そのおり,これにかこつけて,こんな四行詩が口遊まれたそうだ――

  What though now opposed I be?     反対されてもかまやせぬ
  Twenty Peers will carry me.       二十の議員がついててくれる
  If twenty won't,thirty will,       二十が駄目なら三十じゃん
  For I'm his Majesty's bouncing Bill.   僕は陛下の困ったちゃん!
  (N.& Q.,8,XII,48 * Bill には「法案」の意味もある)

 もはや「俗謡」ではなく,いわゆる「わらべ唄」として知られている歌には,ハリウェルが以下のような二つのヴァリエーションを あげて,その歴史的由来を問うた,こんなものもある。*8 わらべ唄ではこう――

 Three blind mice,see how they run!     走るは三匹盲のネズミ
 They all run after the farmer's wife,     後を追うのは百姓のおかみ
 Who cut off their tails with a caving knife, 尻尾切るとてナイフがきらり
 Did you ever see such fools in your life    はてやどうなる阿呆騒ぎ
 Three blind mice! (1846,p.5)        さても三匹盲のネズミ

 1609年の歌本『デュウテロメリアもしくは音曲集第二巻』(Deuteromelia or the second part of Musicks Melodie) *9 では,こうだった――

Three blinde Mice,three blinde Mice!    盲鼠の三匹衆!盲鼠の三匹衆!
Dame Iulian,Dame Iulian,         ユリアンおばさんおばさんは
the Miller and his merry olde Wife,      粉屋のかしこきおかみさん
Shee scrapte her tripe licke thou the knife. 包丁なめなめ ハラキリ らんらん

 わらべ唄集にまぎれこんだ,これら俗謡の中でも《口説きカエルが口説きにかえる》(A Frog he would a wooing go) として 知られている唄の歴史は実に古い。1549年にはすでに,スコットランドの羊飼いたちが《恋人口説きにきたカエル》 (The Frog cam to the Myldur)という歌をうたっていた。*10 また, ウォートン(6) によれば,1580年,『奇妙極まるごもっとも・ カエルとネズミの結婚式よ』(A most strange Wedding of the Frog and the Mouse)という本の版権が認可された旨, 出版組合(Stationers'Company)の帳簿に記載されているそうである。

この歌には様々な畳句(burdens) を持った,数多くのヴァリェーションがある。それらの畳句は,たんなる盲言葉のようではあるが, 中には元来そこに何らかの意味があったのではないかと思われるものがいくつかある。たとえば現在知られているこの歌の最も古い版は――

  It was a Frogge in the well,       さてもカエルは井戸の中
  Humble-dum,humble-dum,       ハンブルダム ハンブルダム
  And the merrie Mouse in the Mill,    ネズミとなったよ甘い仲
   Tweedle,tweedle,tino…(7) *11     トウィードゥル トウィードゥル ティノ …

――で始まるが,この‘humble dum'という表現は他の歌にも見えるもので,得意満面な様子を表す語。 ‘weedle'は笛の音の擬声語とされている。
 一方,スコットランドでは――

  There lived a Puddy in a well,        カワズ井の中
   Cuddy alone,Cuddy alone,           クディアローン クディアローン
  There lived a Puddy in a well,        カワズ井の中
   Cuddy alone and I.(8)             クディアローン エンダイ…

――で始まる歌があり。収集1783年には,

  There was a frog liv'd in a well,      井戸にカエルがおったとさ
   Kitty alone,Kitty alone,          キティアローン キティアローン
  There was a frog liv'd in a well.      井戸にカエルがおったとさ
  There was a frog liv'd in a well,      井戸にカエルがおったとさ
   Kitty alone and I.             キティアローン エンダイ…
  And a farce mouse in a mill,        臼のネズミが答えるにゃ
   Cock me cary,Kitty alone,          コックミー キャーリー キティアローン
   Kitty alone and I.             キティアローン エンダイ…

――という例が見られるが,これらの唄の畳句の原意と由来はいまだ明らかではない。
 この唄の古さや,かつての高い人気のほどは,この歌をもじって俗曲にのせた《聖ジェームス寺院の屋根より高い小歌曲》(A Ditty on a High Amore at St.James)*12 という作品が,1714年以前にもう書かれている ということからもうかがい知られる。歌詞は韻文に直されており――

Great Lord Frog and Lady Mouse,   カエルの公爵 ネズミの貴婦人
 Crackledom hee, crackledom ho, かっからたんのひ かっからたんのほ 
Dwelling near St.James'house,     ジェームズ街に棲む住人
 Cocki mi chari chi;          こっき み しゃり ち 
Rode to make his court one day,    君を尋ねてお馬にのって
 In the merry month of May,     頃はめでたき五月のはじめ
When the sun shone bright and gay,  陽ざし明るく そよぐ風
Twiddle come,tweedle dee. (9)    ひゃらりとこい ひゃらりのぴ …

――という出だしで始まる。
 現在,わらべ唄として知られている《口説きカエル…》は――

 A frog he would a wooing ride,      嫁をめとりにカエルが参る
  Heigho,says Rowley,           へいほ!やさロゥリィ
 Whether his mother would let him or no,  母さんカエルの答えは如何に
  With a roly-poly,             うずうずプリンに
  Gammon and spinach          ほーれん草にベーコン
  Heigho,says Anthony Rowly.      へいほ!やさアンソニィ

――で始まるのが普通だが,『ノーツ&クィエリーズ』(Notes & Queries) のある寄稿者によれば, 古くからあったこの歌にこの畳句を挿入したのは,リストン(J.Liston)がはじめで,その彼の歌,題して「『恋患いのカエル殿』 (The Love sick Frog),原曲・C.H.E.氏(おそらくCharles Edward Horn),伴奏・トーマス・クック(Thomas Cook)」は, ソーホー街のゴールディング社より19世紀初頭に出版されたという。(N.& Q.,I,458)*13 また別の寄稿者がその記憶より述べるところによれば,この畳句自体の歴史はさらに,1809年のグレンヴィル卿 (Lord Grenville)*14 のオックスフォード大学名誉学長就任のころにまでさかのぼりうるそうである。 すなわちこのとき,こんな気のきいた落首が詠まれた――

 Mister Chinnery then,an M.A. of great parts,  美術の大御所ケンネリ氏
 Sang the praises of Chancellor Grenville.    グレン学長賛美の歌を
 Oh! He pleased all the ladies          いならぶ美女を喜ばし
 And ticked their hearts,             女心をつかむ美辞
 But then we all know he's a Master of Arts.   正体唯是美術の教師
  With his rowly,powly,             ロウリィ・ポゥリィ
  Gammon and spinach,            ほーれん草にベーコン
  Heigh ho! says Rowley.(N.& Q.,II,27)     へいほ!やさロゥリィ

 この歌のヴァリェーションにはさらに,1800年頃にうたわれていたという《カエルとネズミ》というものがある――

 There was a frog lived in a well,       井戸に住まうは青ガエル
  Heigho,crowdie!              へいほ!蔵建て!
 And a merry mouse in a mill,        米つきネズミと結ばれる
  With a howdie,crowdie &c.&c.  へいほ!はいさ蔵建てろ!…
(N.& Q,II,110)

  ここにある‘heigho,crowdie'という表現は,「さあクラウド(crowd)を弾くぞ」というかけ声ともとれる。クラウドとは, 独立したネックを持たない三本弦の楽器で,イギリスにおける最古級の擦弦楽器(fiddle)の一つである。6世紀の終わり頃, 低地ラテンの詩人フォルテュナトス(Fortunatus)*15 の言にはすでに‘Chortta Britania canat’すなわち「英国の歌舞の楽器」である,という記述がある。またこの楽器は, ウェールズ地方にあっては今日も「クルゥス(crwth)」と呼ばれ親しまれている。
 ‘crowdy’という語は,数多くある,猫が音曲(オンギョク)を奏でる,といったシーンのある, 伝統的なユーモアにのっとったわらべ唄の一つにも,動詞として使われている――

  Come dance a jig to my granny's pig,   ばあやのブタに陽気なお歌
  With a rowdy,rowdy,dowdy;        やさすっとこどっこいしょ
  Come dance a jig to my granny's pig,   ばあやのブタに陽気なお歌
  And pussy cat shall crowdy. (1846,p.141) したら猫じゃも浮れやしょ

 この唄も含めて,これに類する多くのわらべ唄は「十二夜(Twelfth Night)」関連の何らかの祝祭に由来するものとされるが, それらの中には同様に,その唄においては無意味ではあるが,他の歌においては明確に意味をなしているというような言葉を, 畳句のかたちで含んでいるものがいくつかある。こうした場合,おそらくは語の意味を残している唄の方が, より古いものであるということになろう。


 たとえば,もと中世民歌(black-letter ballads)の一つ(10)で, わらべ唄の収集中にも見られる次のような歌がある。収集1810年では《閏年の女の歌》(The Lady's Song in Leap Year) *16 とされているが――

Roses are red,diddle,diddle,Lavender's blue;    バラは紅 フンフン ラベンダ青い
If you will have me,diddle,diddle,I will have you.  私欲しいの フンフン 貴男を頂戴 
Lillies are white,diddle,diddle,Rosemary's green; ユリは白いわ フンフン ローズメリーは浅葱
When you are a king,diddle,diddle,I will be queen.  貴男が王様 フンフン 私は妃
Call up your men,diddle,diddle,Set them to work;  仕事は全部 フンフン 家来がやるの
Some to the plough,diddle,diddle,Some to the cart.  あれは畑に フンフン これ荷役
Some to make hay,diddle,diddle,Some to cut corn;  それは草刈り フンフン なれ麦刈り
Whilst you and I,diddle,diddle,Keep the bed warm.  私等二人は フンフン 湯たんぽがわり
 (1810,p.46)

ハリウェルの収集には,これの男言葉で唱われている版が引かれており,それは十二夜に行なわれる(*十二夜の王様と女王を選ぶ)遊戯に関連するものだとされている。

Lavender blue,fiddle,faddle,lavender green;     ラベンダーは藍色 ヤアヤア ラベンダーは青い
When I am king,fiddle,faddle,you shall be queen,   僕が王様 ヤアヤア そなたは妃
Call up your men,fiddle,faddle;Set them to work;  家来を呼んで ヤアヤア 仕事はおよし
Some with a rake,fiddle,faddle,Some with a fork,   畑ならしに ヤアヤア 畔おこし
Some to make hay,fiddle,faddle,Some to the farm;  馬草干すのも ヤアヤア 家畜の世話も
Whilst you and I,fiddle,faddle,Keep ourselves warm. そのひま僕等は ヤアヤア
 (1849,p.237, *2nd verse〜原書より補足) ぬくぬく寝てよ

 “Murray's Dictionary"によれば‘diddle diddle'とは「愚にもつかない音楽を奏でる」こと。対して‘fiddle,faddle'は「意味のないことを言い立てる」また‘to fiddle'で‘to fuss'(から騒ぎする)ことを意味するとある。しかし十二夜に由来する他の多くの歌,また次のようなわらべ唄などから考えるに,これらの語はもともとダンスに由来する言葉であったようである。

  A cat came fiddling out of the barn,    猫じゃ浮れつ納屋から参上
  With a pair of bag-pipes under her arm,    腕に抱えたバグ・パイプ
  She could sing nothing but fiddle cum fee, 曲は吹けぬがはなむけに
  The mouse has married the humble bee;   ネズ公 蜂めを花嫁に
  Pipe,cat,dance,mouse;           猫の音頭で踊るはチュウ
  We'll have a wedding in our good house.   納屋は宴のまっさいちゅう
  (1842,p.102//*co p.83)

 この唄,ラッシャーの『わらべ唄』(Nursery Songs) にはこうある*17――

 A cat came fiddling out of a barn,    猫じゃ浮れて納屋から参上
 With a pair of bagpipes under her arm,  腕に抱えたバグ・パイプ
 She sang nothing but fiddle-de-dee,     曲はできぬがぷらぷぷぷ
 Worried a mouse and a humble bee.   ネズもハチめもぶるぶるる
 Puss began purring,mouse ran away,   猫の笛の音逃げ出すネズミ
 And off the bee flew with a wild huzza!  飛びかうハチも落っこちる,や!

 どちらのケースでも猫は‘fiddling',すなわち「愚にもつかない音楽を奏で」ており,またこの猫のバグ・パイプは他のものにとっての(*ダンスの)合図ともなっている。猫と実際の楽器の‘fiddle' との関係は,数多あるヴァリエーションの中からここに二例あげた,次のようなわらべ唄中にも伝えられているが――

  Sing hey diddle,diddle,            やれそれ出とる出とる
  The cat and the fiddle,            猫三味弾いとる
  The cow jump'd over the moon!       牝牛ののさま飛び越えた!
  The little dog laughed            犬も笑えば
  To see such sport,              馬鹿騒ぎ
  And the dish lick't up the spoon.       そいでお皿が匙嘗めた
  (1797,N.& Q.(q.v.) Rimbaultの引用による)

  Sing hey diddle diddle,            やれほれ出とる出とる
  The cat and the fiddle,            猫三味弾いとる
  The cow jumped over the moon;         牛が月面宙返り
  The little dog laughed            小犬喝采
  To see such craft,              大技だ
  And the dish ran away with spoon.      そこでかけ落ち皿と匙
  (c.1783,p.27)

――ある種の「祝宴」と,それにともなう乱痴気騒ぎ。この唄も,おそらくは十二夜の祝祭に由来するものだったのであろう。


〈第3章注〉
○原注
1 Chappell, 前述, p.770
2Roxburgh Collection of Ballads",第4巻,p.335
3 Forster Life of Goldsmith", 第2巻,p.122
   ‘Fleet,Thomas'
4 Chappell, 前述,p.569
5    〃   ,p.315
6 Warton,“History of English Poetry",1840,第3巻,P.360
7 Chappell, 前述,p.88 
8 Charles K.Sharpe,“Ballad Book",1824, p.87
9 Chappell, 前述,p.561
10Roxburg Collection…”第4巻,p.433

○訳者補注

*1Wit and Mirth,or Pills to Purge Melancholy"(1682年初版,最終版1719〜20年発行)初版はH.Playford,最終版は歌手兼劇作家のThomas D'Urfey(1653~1723) の編になる古い民謡集。全6巻中1・2巻はD'Urfey の作品を収める。

*2The Good-Natured Man",1768年1月29日初上演,同年2月5日,本として刊行さる。

*3 ‘Lilliburlero', ilibolaro'とも綴られる。楽曲の リフレイン部分から発展した曲で,単純なメロディのくりかえしによって構成される。1688年頃に流行した。

*4 Henry Pursell (1658?〜1695) 十七世紀末を代表する英国の音楽家・オペラ作家。

*5  Earl Grey(Charles-1764〜1845),Lord Brougham(Henry Peter-1778〜1864) ともにWhig党の政治家。1830年代前半に泥沼の政敵関係を展開。

*6  バンチおばさんは16世紀に実在したロンドンの居酒屋の女将という説もある。本文中のハリスのchapbooks はいずれも結婚相手予想,および恋占いの書。またシップトンおばさんは チューダー朝に実在した高名な予言者とされ,Newberryの“Mother Shipton"(1800)というToybooksもある。

*7  Zhacharyの息子で歴史学者のThomas B.Macaulay(1800〜1859) を指す。

*8  しかしOXDNR,Opie夫妻によればこの歌が「わらべ唄化」したのはJOH,1842がこれをとりあげて以降のことであるという。それ以前の児童文学関係の文献にはこの歌に関する記述はないという。JOH,1842にとりあげられたのは,歌全体ではなく,最初の3行のみの版である。

*9Deuteromelia or the second part of Musicks Melodie"(1609),Thomas Ravenscroft(birth 1590)編。

*10Complaynt of Scotlande"(1549) の一場面を指す。第5章訳者補注参照。

*11 原典は“Melismata"(1611),T.Revenscroft編。歌詞をOXDNR,p.179 より補正。

*12 前述“Purge Melancholy"(1719) に含まれる,D'Urfey によるパロディ。

*13 John Liston (1776?〜1846) 喜劇役者。
   Charles Edoward Horn (1786〜1849) 声楽家兼作曲家。舞台俳優としても活躍。また流行歌の作者としても有名。
   Thomas Simpson Cooke (1782〜1848) ダブリン生れの作曲家・指揮者兼歌手。
 OXDNR は19世紀,この歌を最初に流行らせたのは歌手のGrimaldi(第1章*10)で,Listonはその後という。Ecken.が‘rowly powly'の起源として引くGrenville 就任は1809年12月14日だが,それ以前,9月18日に始まる‘O.P.Riot'(コベントガーデン劇場再建に伴う観劇料値上げに対し観客らが抗議,67夜に渡り‘Old Price!' を激呼,上演をボイコットした)に際してすでに――

  John Kemble would acting go;
    Heigho,says Rowley.
   He raised the price which he thought too low,
   With his roly-poly,Gammon,and spinage,
    Heigho,says Kemble. (OXDNR,p.179)

――という,カエルの歌のパロディが唱われている。John Kemble は俳優。弟 Charles とともに劇場経営側であった。Listonは反対派の雄。Grimaldiは調停役に回ったという。

*14 (Baron)William Wyndam Grenville(1759〜1834) 元大物政治家。当時すでに引退。

*15 Venantius Honorius Clementianus Fortunatus(530〜609) 六世紀の司教・詩人。

*16 閏年(Leap Year) の閏日(2月29日)には,女性から結婚を申し込めるという習俗があった。

*17 OXDNR,p.113 のRusherの“Nursery Songs"(1840)からの引用によれば, これの1行目はEcken.の引くように‘fiddling'ではなく‘singing'となっている。



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