最後に,これまでの歩んできた路をふりかえり,わらべ唄を比較・研究することによってどのようなことを知ることができたのか,
それをあらためてまとめてみることとしよう。
そのまえに,まず概説として。我々の伝承童謡集は様々な起源を持つ唄により構成されている。そしてその多くは,
民歌やその断片に起源するものであり,長い間,民俗学研究者の目を魅くようなものとはされていなかった。また,一方,
唄の成立時期は比較的新しいが,そこに古い由緒を持つ名前が含まれていることもあった。たとえば‘Old King Cole'(第2章参)とか
‘Mother Hubbard'(第4章)といった名前は,歴史上いくばくかさかのぼりうるものであるし,戸外で眠り自我忘失に陥ってしまった
婦人の物語には,古い伝承が遺されていた(第5章)。そして‘Jack and Jill’はスカンジナヴィアの神話と関係があり(第2章),
わらべ唄の主人公‘Tommy Linn’は,ロマンチック・バラッドの英雄でもあった(第5章)。
文学のより原始的な形態である,伝統的な舞踊や歌遊びからもまた,多くのわらべ唄が派生している。ある段階まで,そうした遊戯娯楽は,
異教時代にまでさかのぼる祝祭を継承するものであったが,最終的にはそれがダンスホールなどにおける,たんなる気晴らしとして遺ったものである。
たとえば‘Cotillon’と‘Cushion dance',そして‘Sally Waters’の間には,その関連を確定付けるような要素が簡単に見つかる。
その最終形態の一つであるこの遊戯には,‘Mother’と呼ばれる一人の女性によってとりしきられていた,古い結婚儀式の遺風が遺されており,
またその遊戯中に用いられる唱え文句から推して,この遊戯‘Sally Waters’とバースの大地母神‘Sul’の間には何らかの関連があると
みとめられるのである。(第6〜7章)
これらが異教時代にまでさかのぼるというその他の証拠は‘The Lady of the land'‘Little dog I call you'‘Drop Handkerchief’
といったゲームのなかに遺されていた。それはこれらをその海外におけるその類例と比較することによって明らかにしえたことである。
これらの類例中においても主宰者たる‘Mother’の存在は変わらないが,ドイツの例などでそれが異教の太母神の名をもって呼ばれていたからである。
(第8章)さらに,「テントウ虫の唄」にも,こうした遊びに出てくる‘Engelland’すなわち「赤ん坊の王国」といった言葉,そして
「不具な状況にある母親」といったものが見られる。そしてまた,そこにある‘Ann’とか‘Nan’といった名前は,
スイスやスワビアの同様の唄例中にも出てくるものである。(第9章)
我が国の唄を,他の国のものと比較してみると,国が異なっても,同じ考え方やコンセプトが,同じような形式の詩をもって表現されているといった
例がまま見られる。たとえば,歌舞遊戯の唱え文句,テントウ虫の唄のようなわざ唄,また‘Humpty-Dumpty’のような「なぞなぞ唄」の類
(第10章)は,英国においても,海外においても,その詩句は概して短く,脚韻によって構成されているが,これらとは違って,
詩句の反復や積み上げにより構成される一群の作品がある。それらは,たとえば「数え歌」(第12章)や「式目聖歌」(第13章)のように,
宗教的教義の伝授にかかわる傾向をもっていたり,あるいは,のろいをかけたり,といたり,といったことに関係している(第14章)。
そしてこれらの場合でも,その他国における類例の詩句もまた,同じ形式をしているものなのである。
これとは異なる例として,鳥の生贄に関する歌唱がある(第15〜16章)。こちらの場合,その我が国に流布している版が,
実際の狩りの様子を描き,たんに詩句の反復のみによって構成されているのに対し,海外の類例はその獲物を割き,羽根をむしってゆく様子を詳しく連ね,
詩句も積み上げ式に唱えられるものとなっている。おそらくは,単純に行事の仔細を,反復という形式のみによって唱えた我が国の例の方が
より古いものだということであろう。ミソサザイを「鳥の王」とする考えかたは,ヨーロッパ全域において広く受け入れられているものであり,
古い伝承も歴史の中にいくらか散見される。こうした鳥の供犠の歌の中には,実際,その狩りに従事した人間の「王権」
(*最初にミソサザイを狩りおとしたものが「王」とされるなど)とかかわりをもつものがある。こうしたことからは,これら鳥の供犠が
「王殺し」という古代の風習と重なるものである可能性が考えられるのである。
我々はミソサザイに対して抱くのとほぼ同等の畏敬の念を,コマドリに対してももっている。そしてそのコマドリのための弔いの唄は,
我々のわらべ唄のなかでも,もっとも素晴らしく,かつ古いものの一つである(第17章)。この唄が問答形式なのは,こもごもに鳴り響く
弔いの鐘の音になぞらえたものとされているが,しかし,それこそが原始的な吟唱の形態の一つであるということもまた,
これを他の類例とつきあわせてみることにより分かることである。
わらべ唄からひきだしうる知識は,それがいかなるところにおいて採集されたものであっても,過ぎにし異教時代の社会の,
歴史的に様々な段階に関るなのである。たとえば,ある唄はいわゆる「母の時代」(Mother age…*母系社会)に広く行われていた風習に由来し,
また別の唄は,これらとはまったく異なって,さらに人類が農耕を行う以前のものであろうコンセプトに基づいている。
ヨーロッパにおけるわらべ唄の分布は,じつに広大であり,それらには個々の民族の一般的な特徴があらわれているが,
たとえばテントウ虫の唄や,‘Humpty-dumpty'のようななぞ唄のごく近しい類例は,ドイツやスカンジナヴィアにもあり,
また鳥の供犠に関する歌唱や,動物の異類婚姻譚のようなものにも,それ相当の異版がフランスやスペインにもある。さらに,
わらべ唄にあらわされているその主題だけをとっていうならば,その分布はヨーロッパという領域をさえ越えるものである。たとえば,
(*テントウ虫につながる)「甲虫」は,古代エジプト時代に太陽と結び付けられている。また「割れた卵」はチベットの世界観にも関係する。
かように,国を越えたわらべ唄の比較研究は,既成の方法では明らかにしえないような問題に,一条の光明をもたらし,
そこに新たな展望を開いてくれることだろう。この本のなかでわらべ唄より導きだされた説や,唄の解釈には異論の掲されるものもあろう。
また,このなかに書ききれなかったことも多々あるが,わらべ唄がそれ自体に多くの意味深い事象を秘めており,研究者にとっても注目する
価値のあるものであるということは,少なくとも読者諸氏に伝わったであろうと筆者は思う。
○List of Foregin collections
以下に掲した諸外国の収集は本文中,ここにある略号をもって記されるものである。
※この略号は,訳者も同様に使用する。
A. “Archivio Storico per lo Studio delle tradizione popolari"Canizzaro 版
Ⅰ巻,1882年刊;Wesselowski版 Ⅱ巻,1883年刊,他.
Br. Birlinger:“Nimm mich mit",1871.
Bo. F.M.Boehme:“Geschichte des Tanzes",1884.
B. I.Bujeaud:“Chants et chansons des provinces de l'Ouset",1895.
C.P. Borealium Corpus Poet 編:“Vigfusson and Powell",1883.
D. M.Dumersan:“Chanson et rondes enfantines",1856.
Du. H.Dunger:“Kinderlieder aus dem Vogtland",1874.
D.B. Durieux et Bruyelles:“Chantes et chansons du CambréSis",1864.
E. L.Erk:“Deutscher Liederhort",1856.
F. H.Frischbier:“Preussische Volksreime und Spiele",1867.
G. E.Gagnon:“Chansons pop. du Canada",1865.
Gr. J.Grimm:“Deutsche Mythologie",reprint 1865.
Gt. Grundtvig:“Gamle Danske Minder",1854-6.
H. Handelmann:“Volks―und Kinderspiele aus Schleswig Holstein",1862.
H.V. Hersart de la Villemarqu・“Barzas Breis",1867.
L. F.M.Luzel:“Chansons de la Basse Bretagne",1890.
M. Mannhardt:“Germanische Mythen",1858.
Ma. Rodriguez Marin:“Rimas Infantiles",1882.
Me. Ernst Meier:“Kinderreime und Kinderspiele aus Schwaben",1851.
Mi. Mila y Fontanals:“Romancerillo Catalan",1882.
Mo. Morlidas:“Grande Encyclopedie des Jeux",
M.L. Montel et Lambert:“Chants populaires de Languedoc",1880.
N. W.W.Newell:“Songs of American Children",1884.
N.& Q. “Notes and Queries" 1849年創刊.
R. R.Rochholz:“Alemannisches Kinderlied und Spiel",1859.
Ro. Rolland:“Faune populaire",1876-83.
S. Schleicher:“Volksth Ümliches aus Sonneberg",1858.
Sch. F.W.Schuster:“Siebenbürg-sächs",Volkslieder,1856.
Sim. Simrock:“Das deutsche Kinderbuch",
St. Stöber:“Elsässisches Volksbüchlein"1842.
V. Vernaleken:“Spiele und Reime aus Oesterreich",1873.
W. Wossidlo:“Volksth Ümliches aus Mecklenburg",1885.
《訳者後記》
いいわけを一言三言。
訳者の本職は中国文学のまざあぐうす(児歌=アルコォ)である。
本文の訳は比較的まじめにやったつもりだが,唄の訳に関してはそのかぎりではない。平成のまちね・らいむすをきどって,
多少遊ばせてもらった。ので,唄の訳はおいそれと他にもらさないように。
気になった点もいくつか。ぷらすインフォメーション。
○Ecken.の用いたJOH.1842は最近ほるぷ社から復刻されたものと明らかに版が異なる。おかげで「典拠不明」がやまほど出た。
本文に引用されてても入っていない唄や解説があるし,なによりページ数がことごとく一致しない。もし他の版(たとえば1843,1846,1853の
原版。)を持っている人がいたらぜひお貸し願いたい。ちなみに訳者のこの方面における次の目標は,ハリウェルの収集・注釈を集大成して
つくる“JOH Complete Nursery Rhymes in England",の訳出,編纂である。
○第14章に引かれた“Barzas Breis"の英訳詩について,訳者はいまだに納得できない。この原典,ブレトン語もしくは
フランス語による版を捜している。
この本の翻訳に手を染めたのは,もう5年ほども前だったかと記憶する。はじめは,たんなるぷー太郎に過ぎなかった私の呼びかけで,
マザーグース研究会内の有志による,お遊びと勉強をかねた共同の訳業であった。しかるに,訳者は本来「編者」と自己呼称するほうが
正しいかもしれない。
ともあれ,月日は過ぎ。人は流れ。気がついたら,船,いや英文学のイカダのうえに一人でいたような状態になったものの,
この完成までの遅れはひとえに訳者の身に責任がある。初稿段階から協力なさってくださったみなさまにはここで一言お詫びをしておきたい。
生来の凝り性ゆえに,十数回にわたる訳の改訂と,慣れない分野ながら,訳者個人の手で出来うる限りのテキスト・クリティークは
ほどこしたが,なにしろ畑違いのものだから,阿呆な誤訳,誤謬はそこここに散見されようと思われる。
変なところ発見のおりには,ご遠慮なくご連絡あれ。
なお,本訳業にあたり,藤野紀男先生には貴重な資料の数々を貸与していただき,また,平野敬一先生にも,資料および様々なご教授を
いただいた。また楽しい仲間としてこの遅筆者をささえてくださった,美濃部先生,尺先生,鬼塚先生,ひらいたかこさん,
ほか多くの方々に,ここに,謹んでお礼を申し上げます。
以下,テキスト・クリティークに用いた主な文献。
Opie:“The Oxford Dictionary of Nursery Rhymes",1984年版.
W.S & Ceil Baring-Gould:“Annotated Mother Goose",
J.O.Halliwell:“The Nursery Rhymes of England" 1842年版 1992ほるぷ社による影印復刊。
J.O.Halliwell:“The Nursery Rhymes of England" 1853年版 Bodley Head Ltd.1970 reprint. 藤野先生より貸与
J.O.Halliwell:“Popular Rhymes & Nursery Tales of England" 1849年版 Bodley Head Ltd.1970 reprint. 藤野先生より貸与
R.Chambers“Popular Rhymes of Scotland" 1870 藤野先生より貸与
“Gammer Garton's Garland",1810年版 1992ほるぷ社による影印復刊。
“Notes & Queries",1849- 法政大学所蔵,合巻本。
E.B.Tylor:“Primitive Culture",London John Murray 1929 reprint. 東洋大学所蔵
J.Grimm:“Deutsche Mythologie",reprint 1865.早稲田大学所蔵。
J.Brand:“Popular Antiquites",『イギリスの故事』 W.C.ハズリット増補,加藤憲市訳 研究社 昭和40年 東洋大学所蔵。
竹友藻風『英国童謡集』研究社英文訳註叢書 昭和4年
竹友藻風『英国童謡集』世界童話大系17 大正14年
松原至大『マザアグウス子供の唄』 春秋社 大正14年