Comparative Studies in Nursery Rhymes

by Lina Eckenstein (翻訳・注釈 星野孝司)

第15章 いけにえ狩り


 「生贄狩り(sacrificial hunting)」という儀式は,実に多くのわらべ唄や物語と関係がある。この儀礼的な狩猟の起源は, ある特定の動物がタブー*1 として一般に崇拝されていた時代,そして故意であれ過失であれ, そうした動物を傷付けた者には災いがふりかかると信じられていた時代にまでさかのぼる。にもかかわらず,同じ時代に, それに属する動物が儀礼として定期的に殺害されていたわけであるが,それはこの場合には,そうした動物は実際に殺されても, その霊魂には同じ種の他の肉体が与えられる,と考えられていたためである。ゆえに彼らは(*殺されてもなお)言葉の上では「生きている」 ものとして扱われる。


 聖別された動物を殺(アヤ)めることは,社会的発達の初期の段階,農耕生活とは無縁の――おそらくはいまだ人類が土を耕すことさえ 知らなかったであろう――時代からあった古い風習で,屠られる動物は一般に,特定の氏族(clan)の象徴,あるいは複数の血族(kinsmen) 間をむすぶ一定のきずなとされた動物であった。(1)


 西ヨーロッパ各地において,生贄として狩られた動物は,様々な種類の小型の鳥類であった。我々のわらべ唄や物語のなかには 「ミソサザイ狩り」との関連が認められるものが多くある。古来,この小鳥が特別視されてきたのは,おそらくこれと同種のある鳥の 有する金色の冠毛のためであろう。それはこの鳥が広く(*金色の冠毛のある鳥と同じ名前である)「小さな王様」と呼ばれていることからも 知れる。たとえばギリシャ語ではこれをバシリスコス(βασιλισκοV…*王様),ラテン語ではレグルス(regulus…*王子様), あるいはレクス・アビューム(rex avium…*鳥の王)としている。フランスではルヮトレ(roitelet…*小君主),イタリアではレアティノ (reatino…*小王),スペインではレーツォロ(reyezuelo…*小王),ドイツではヅァンクゥニック(zaunk嗜ig…*垣根の王様)である。 またウェールズ語でこれを云うブレン(bren…*王)は我々のレン(wren)につながる言葉である。*2


この「鳥の生贄」という儀式が高く重んぜられてきたことには,何か深淵な由来があるに違いない。古代の原始的な風習の一つに, 本当の(*人間の)王を周期的に生贄に具する「王殺し」*3 という一種の通過儀礼があった。 この鳥の生贄は,おそらくこの儀式の流れを受け継ぐものと考えられる。そうなれば,ミソサザイの屠殺はこれの後世における一つの発展型, 「『森の』王様殺し」であると言うことができよう。


 ミソサザイに「王」の称号が与えられていることは,自然,何らかの解釈を要することになった。ある説話の中では, それは鳥たちが互いに,誰が一番高く飛ぶことができるかを競い合った結果であると説明されている。 どの鳥より高く飛び上がったのはワシであったのだが,小柄なミソサザイは彼の翼にもぐりこみ,ワシが疲れ切ったところで飛び出して, おのが優位を立証したのである(Ro,・,p.293)*4 この説話は,奸智が暴力よりも尊ばれ, いかさまが個人の能力をあらわす上での正当な手段とされていた時代にまでさかのぼるものだ。グリム童話の中にも, 熊に自分のヒナをたいそう侮辱されたミソサザイが,森中の四足の獣たちに挑戦し,同じような(*こずるい) 計略を用いて彼らの優位に立つ,というお話しがある(No.152)*5。つまり「ミソサザイの王権」は, 羽毛の属に対してだけではなく,四足の獣にまで及ぶものとされているである。


 ミソサザイ狩りをことほぐ歌は,かの最古の童謡集にもおさめられている。それは詩句の反復によって構成されており, いまだ積み上げ式にはなっていない。この歌,収集1774年のものは次のような唱句である――

1.We will go to the Wood,Says Robbin to Bobbin,   森へ行こうよロビンがボビンに
 We will go to the Wood,Says Richard to Robbin,  森へ行こうよ リチャードがロビンに
 We will go to the Wood,Says John and alone,   森へ行こうとジョンさんひとりごち
 We will go to the Wood,Says everyone.       森へ行こうとくちぐちに

2.We will shoot at a Wren,says Robbin to Bobbin,   撃とうとロビンがボビンに
 We will shoot at a Wren,says Richard to Robbin,   撃とうと リチャードがロビンに
 &c.                      (以下同様)
      
3.She's down,she's down,Says Robbin to Bobbin,  落ちたよ落ちたとロビンがボビンに
 &c.                      ( 〃 )

4.How shall we get her home,Says Robbin to Bobbin,家までどう運ぼとロビンがボビンに
 &c.                      ( 〃 )

5.We will hire a Cart,Says Robbin to Bobbin,   荷車かりてとロビンがボビンに
 &c.                      ( 〃 )

6.Then Hoist,Hoist,Says Robbin to Bobbin,    そっとねそっととロビンがボビンに
 &c.                      ( 〃 )

7.She's up,she's up,Says Robbin to Bobbin,    飛ぶよ飛んでくとロビンがボビンに
 &c.                      ( 〃 )

 また収集1783年には,これに続けて次のような句を加えた版が見られる――

 So they brought her away           さても彼女をさげ帰る
  After each pluck'd a feather,         残らず羽根をはいだあと
 And when they got home           そしてお家へ帰ったら
  Shar'd the booty together. (c.1783,p.20)     みんな揃って山分け獲物

 ヘルド*6 の収集には,スコットランドで採録されたこの歌の別の版が見られ, その来歴は1776年にまでさかのぼるという。(2) ここではミソサザイは「撃たれる(shoot)」 のではなく「殺され(slay)」て,「馬車で家に運ばれ」,「門々をひきまわされ」たうえで到着する。そこに登場するのは 「フォジィ・モジィ(Fozie Mozie)」,「赤鼻ジョニー(Johnie Red nosie)」,「やもめのフォスリン(Foslin'ene)」 そしてその「一族郎党(brethern and kin)」。最後は次のような詩句でしめくくられる――

8.I'll hae a wing,quo' Fozie Mozie,        吾は片羽根とフォジィ・モォジィ
 I'll hae a anither,quo' Johnie Rednosie,    残った片羽と赤鼻ジョニー
 I'll hae a leg,quo' Foslin 'ene,        吾は片足とやもめのフォスリン
 And I'll hae another,quo' brither and kin.   なれば残りの片足と一族郎党打揃い

 18世紀のトイ・ブックスの中で,著者は「みんなでフゥジィ・ムゥジィのお歌をうたった(They sang the Fuzzy Muzzy chorus)」という一節を見かけたことがある。たぶん,それはここからきたものであろう。
 さらに,これらとは異なるタイプの例に,カーマゼンシャー州(Carmarthenshire 威南部)で歌われていた版がある。(3) これは問答体となっており,そこには狩りが新しいやりかたより,古い術にしたがい行なわれるべきことが強調されている。

1. O,where are you going,says Milder to Malder,    何処へお行きとミルダーがマルダー
  O,I cannot tell,says Festel to Fose,       それは云えぬと フェステル,フォーズに
  We're going to the woods,says John the Red Nose,  森へ行くのと赤鼻ジョニー
  We're going to the woods,says John the Red Nose,  森へ行くのと赤鼻ジョニー

2. O,what will you do there? says Milder to Malder   何をしにくのとミルダーがマルダー
  &c.                       (以下同様)
  We'll shoot the Cutty Wren,says John the Red Nose.可愛い鷦鷯撃ちにと赤鼻ジョニー
                           (くりかえし)
 以下――

3. O,how will you shoot her? …           何で撃つとや…
  With cannons and guns,…             大筒・小筒…

4. O,that will not do…               それはいけない…
  With arrows and bows, …             弓矢にしよう…

5. O,how will you bring her home …         何で運ぶか?…
  On four strong men's shoulders, …        屈強男が四人で担ぐ…

6. O,that will not do…               それはいけない…
  In waggons and carts, …             荷馬車に馬車に…

7. O,what will you cut her up with?…        何で刻むか?…
  With knives and forks,…             ナイフにフォーク…

8. O,that will not do…               それはいけない…
  With hatchets and cleavers, …          手斧にナタで…

9. O,how will you boil her?…            何でうでるか?…
  In kettles and pots,…              やかんに土瓶…

10. O,that will not do…               それはいけない…
  In cauldrons and pans,…             お釜に鍋に…

――と続く。最後の節はこうである。

11. O,who'll have the spare ribs,         誰がバラ肉食べるのか?
Says Milder to Malder,             ミルダー,マルダーに尋ねます
  O,I cannot tell,               それは云えぬと
   Says Festel to Fose,               フェステル,フォーズに
  We'll give them to the poor,         貧しいものに施しを
   Says John the Red Nose,            言ってのけたは赤鼻ジョニー
  We'll give them to the poor,         貧しいものに施しを
   Says John the Red Nose,            言ってのけたは赤鼻ジョニー

 これのさらなる異体例が,今もこの狩りが行なわれているマン島やアイルランドで発見されている。マン島ではかつて, この行事を12月24日に行っていたが,後に聖ステファンの日(St.Stephen's Day),すなわち古く年のあらたまる日(4) とされた12月27日に 改められたという。*7 この日,人々は真夜中に教会を後にし,ミソサザイ狩りに興じる。 鳥が捕えられると,それを羽根をひろげた恰好で長い棒の先にくくりつけ,次のような歌を唱えながら行列を組んで方々を巡り歩くのである。

 We hunted the Wren          われらさざいを捕らえけり
  For Robin the Bobbin.          ロビン・ボビンが御為に

 この歌では続けて,鳥が「棒と小石」で捕えられ,借りうけた荷車で家まで運ばれて「ビール鍋」 *8でゆであげられ,「ナイフとフォーク」で「王様とお妃様」がお祝いのディナーで召し上がり, 余った臓物が貧しい者へ施される――ことになっている。


 彼ら,狩人たちの行動の仔細は,この歌詞の中には留められていないが,ミソサザイを運ぶ一行は一めぐりしたのち, 獲物を棺の上に横たえて教区の教会の境内へと運びこむ。そこで「ミソサザイの弔鐘」と呼ばれる, マン島方言の葬送歌が手向けられられるなか,彼は厳かに葬られる。一同はそれから,境内を囲むように輪になり, 音楽に合わせて踊ったという。


 マン島におけるミソサザイ狩りは,19世紀のなかばにはまだ行なわれており,男の子たちが,二本の金輪の中心に, ミソサザイを脚のところで結わえ,吊り下げたのを持って,家から家へと回って歩いたそうである。金輪は直角に交差し, 常緑樹の枝とリボンで飾られていた。男の子たちは歌を唱え,ご祝儀のお返しとしてミソサザイの羽根を授ける。 そのため一日が終わる頃には,鳥はすっかり羽根無しになってしまったという。この羽根には御利益があり,それを一枚でも持っていれば, 翌年一年,難波の憂目に会わないと船乗りたちは信じていた。しかし当時はもう,この鳥を境内で弔うなどということはなく, 浜辺か荒れ地のような場所に埋めていたそうである。


 マン島のミソサザイ狩りには,その由来とされる伝説がある。むかしこの地方に,世にも稀なる美しき妖精がいて, 島中の男たちをとりこにしていた。彼女はその甘い歌声で男たちをおびきだしては,海へ引込み死なせていたが,ある時一人の武者修業者 (knight-errant) がこの地に現われ,釈伏の法を見つけ出してその退治に乗り出した。彼女はミソサザイに変身し,土壇場のところで 逃げおおせるが,その身はその後,呪いによって,毎年新年始まりの日,同じミソサザイの姿となって蘇り,人の手にかかって 死ぬことになった,というものである。これはトライン(J.Train)*9 の採録による伝説の一例だが, ウォードロン(G.Waldron)*10 による同じ話しでは,これがマン島において, 今も女性が軽視されている理由としており,また妖精は鳥ではなくコウモリに変身したこととなっている。


 18世紀にはまだ,アイルランドのミソサザイ狩りは,行事として広く行なわれていた。レンスター(Leinster 愛蘭東部)や コナハト(Connaught 愛蘭西北部)では今なお続けられているという。筆者自身はそこにその「狩りの」歌というものを 見出すことはできなかったが,百姓たちにより殺された鳥は,十字に組んだ二本の金輪の中心に脚で吊るされて,方々へ持ち回される。 そのおり,このようなわざ唄が唱えられたという――

 The wren,the wren,the king of all birds,   みそっちょ みそっちょ 鳥の王
  Was caught St.Stephen's Day in the furze;  ステパノ様の祭日に茨の薮で捕らえらる
  Although he's little,his family's great,    ちっちゃいけれども 子沢山
  Then pray,gentlefolks,give him a treat.   心優しき旦那衆 どうか彼氏にお恵みを
  (1849,p.166)

 実際には殺されているにもかかわらず,彼は「死んだもの」と見なされてはいない――これは先にあげたマン島の伝説や, かつてペンブロークシャー(Pembrokeshire 威南西部)において「十二夜」すなわち1月6日に催されていた, 次のような風習のなかにも暗示されている。ペンブロークシャーでは,この日になると,一羽,もしくは数羽のミソサザイを リボンで飾られた小さな家や篭,時には馬小屋の形をした提灯の中におしこめ,このような文句を唱えながら家々を回ったという――

 Joy,health,love,and pease,       愛と平穏 楽しく健康
 Be to you in this place.         汝が為に おめでとう
 By your leave we will sing       汝が音頭でわれらは歌う
 Concerning our king:         お題もちろんわれらが王
 Our king is well drest,         われらが王のお着物は
 In silks of the best,           もちろん絹の上物さ
 With his ribbons so rare        帯も大変滅多なし
 No king can compare.         どんな王でもかなうまい

 In his coach he does ride        王様乗せるその馬車は
 With a great deal of pride       贅を尽くしてさも豪華 
 And with four footmen           四人の家来が
 To wait upon him.              仕えます
 We were four at watch,         われら夜回り四人組
 And all nigh of a match;        さても気の合う仲間うち
 And with powder and ball      火薬に鉛の鉄砲玉(テッポダマ)
 We fired at his hall.          放った奴めの寝ぐら穴
 We have travell'd many miles,     はるか百里の果て越えて
 Over hedges and stiles,         垣根飛び越え柵越えて
 To find you this king         求め来ませりこれなる王
 Which we now to you bring.     運び来たれりさてとうとう
 Now Christmas is past,       過ぎて去りしは師走の祭り
 Twelfth day is the last.        今日で終わりさ松の内
 Th'Old Year bids adieu;        古い年にはさようなら
 Great joy to the new. (1876,p.35)   新年よきことあるとやら

 こうした様々な歌を系統的に分類してみると,それらの類似点,またそこに示されている事物から, その相対的な古さを知ることができる。たとえば,鳥は主として「棒と石」という最も原始的な武器によって殺害されるが, ウェールズの歌では「弓と矢」――これも古い道具ではあるが――が「大砲に鉄砲」より「望ましい」ものとされている。 またウェールズの例はこれを切るのに「斧と肉切り包丁」が「ナイフとフォーク」よりまさるとしている。それはビール鍋, もしくは「大釜に深鍋」によって煮られ,運ぶのには「荷車か馬車」が「四人の男の肩」より好まれている。またある例では, 鳥は羽根をむしられるだけだが,ある例では最後に生贄の儀礼にのっとって,片翼−もう一方の翼−片脚−もう一方の足−と切り分けられ, あばら骨もしくは臓物は,祝祭にふさわしくない部分であるとして貧者に施されることになっている。


 イングランドの例において,その狩人は「ロビンとボビン」「リチャード」それに「やもめのジョン」とされる。 これがスコットランドの例では「フォジィ・モジィ」「赤鼻ジョニー」そして「フォスリン」。その他に「一族郎党」が加わる。 ウェールズでは「ミルダーとマルダー」「フェステルとフォーズ」「赤鼻ジョン」である。これらのキャラクターのうち, 他のわらべ唄にも登場しているのは,「ロビンとボビン」(ときには続けて「ロビン・ボビン」 という一人の人間の名前とされることもあるが)と「リチャード」のみである。最古の童謡集,収集1744年にこんな唄がある――

  Robbin and Bobbin,two great belly'd men,    ロビンとボビンはいやしんぼう
  They ate more victuals than three-score men.   六十人前よりまだ食うぞう
  (1744,p.25)

 彼らの見せるこの食欲は,おそらく彼らがもと,祝宴行事中の登場人物であったところからきたものであろう。さらに――

 Robin the Bobbin,the big-headed hen[or ben]  ロビン・ボビンは食いしんぼう
 He eat more meat than four-score men.      百人前でも足りぬほう
 He eat a caw,he eat a calf,           牝牛を食った牛食った
 He eat a butcher and a half;          ついでに肉屋も半分食った
 He eat a church,he eat a steeple,         お寺も食った塔食った
 He eat the priest and all the people.      坊主のついでにみんなも食った
 (c.1783,p.43)(*four-score,…本当は 80)

――というわらべ唄もある。他の収集にはこれに続けて――

 And yet he complained             それでもちっともおさまらぬ
 That his belly was not full           奴のおなかはむじんぞう

――という一節が加えられているものもある。
 ほかにも,より詳しく「ロビンとリチャード」は「寝坊助」だと説くもの,またロビンを不運に見舞われた狩人とするものなどがある。

 Robin and Richard were two pretty men,     ロビンにリチャードいい男
 They lay in bed till the clock struck ten:    十時になってもまだ寝床
 Then up starts Robin,and looks at the sky,    ロビン空見てはね起きた
 Oh! brother Richard,the sun's very high.     なんと兄弟!寝過ごしだ
 You go before,with the bottle and bag,      お先へお行き袋に酒持って
 And I will come after,on little Jack Nag.     僕はあとから小馬に乗って
 (c.1783,p.42)

 Robin-a-Bobbin bent his bow,          ロビン・ボビンは弓の者
 Shot at a woodcock and killed a yowe[ewe];   キジも羊もなんのその
 The yowe cried ba,and he ran away,       羊めーすりゃ おさらばロビン
 And never came back till Midsummer day.     夏至になるまで帰りません
 (1890,p.346)

 ハリウェルは,コマドリがクリスマスの頃に里から遠ざかり「夏至になるまで帰ってこない」とされていることから, この唄の狩人(Robin) を鳥のコマドリ(robin) に結びつけて考えている。*11 しかし現実には, コマドリが人里を離れ,森林地帯にひきこもるのは,クリスマスの頃ではなく冬の厳寒期が過ぎてからのことである。 それはともあれ「コマドリ(ロビン)−ミソサザイ」という組み合わせは,のちに見てゆく,この鳥たちの婚姻や痴情のもつれ, そしてその死を描いた伝承作品からも知られるように,互いに切っても切れない関係とされていることは確かである。


〈第15章注〉
○原注
1 J.G.Frazer “The Golden Bough",1900.II,442ff.
2 David Herd “Ancient and Modern Scotish Songs",reprint 1869,II,210
3 M.H.Mason  “Nursery Rhymes and Country Songs",1877,p.47
4 Waldron  “Description of the Isle of Man",reprint 1865,p49 および T.Train  “History of the Isle of the Man",1845,II,126 参照

○訳者補足

民間伝承上で,Wren(ミソサザイ) とGoldcrest(キクイタダキ) は古来しばしば混同されてきた。一般に云う処のミソサザイ (スズメ目 ミソサザイ科)は,茶色の地味な格子縞を着た,はしこい小鳥だが,キクイタダキ(シジュウカラ科or ヒタキ科ウグイス亜科) というのは,オリーブ色の身体で,真中に赤い一筋の入った「金色の冠毛」を頭の上に乗せた,粋な外見の極めて小さな小鳥であり, 本章巻頭に言う「この種に属する王冠を持った小鳥」とはこれを指す。これらの鳥たちは上述のように,実際は属する種も異なり, その容姿の違いも一目で分かるほどであるのではあるが。フランスのプロヴァンス地方では,クリスマスに行なわれる鳥の放生会のため 捕えられる鳥(実際は普通のミソサザイ だが)を,この地方でキクイタダキを表す‘Petouso'と呼ぶという。イギリスで狩られていたのも, 主に「地味な」方のミソサザイであるが,ここで言う‘Wren hunting' の‘Wren' という語は,この2種類の鳥をふくめ, 儀式に供される小鳥の総称といってもいいかもしれない。


 本章の ミソサザイに関する記述は,概ねブランドの“Popular Antiquities"からの引き写しであると見られる。 そこでは「普通の」ミソサザイを‘Troglodytes'「頭に金冠」のミソサザイ を‘Regulus'と言っている。前者は ミソサザイの, 後者はキクイタダキの学名である。


ちなみに,この混同は英語のみの事ではない。各国語の名称については以下の注を見よ。一説に アリストテレスの『動物誌』で ミソサザイ(τρχιλοV (トロキシオス)を‘πρεσβυV (プレスブス 年寄り)'もしくは‘βασιλευV (バシレウース 王様)'と云い(v.9,11-615a10),これとは別の‘τυραυυοV (トラヴォース 王子様=キクイタダキ)' に関する記述がある(v.8, 3-592b23) のを,16世紀の鳥類学者が ミソサザイの同義語としたためにこの混同が生じたともいう。 (ブランド『イギリスの故事』研究社'65, アリストテレス全集 vol.8『動物誌』岩波書店'69,『動物シンボル辞典』q.v.参考)

○訳者補注
*1  聖なる禁忌。

*2 ‘βασιλισκοV’“Oxford Greek-English Lexion"によれば族長・王子の他, 冠毛のある蛇(バシリスク),ミソサザイ,キクイタダキを表わしたという文例がある。毒の息を吐くという蛇(あるいは トカゲ)の バシリスクについては,プーリニウスの『博物誌』に詳しい。
‘regulus'はキクイタダキの学名,近世まではそれに類する小鳥全般も指していた。
‘roitelet’は辞書によればキクイタダキ類の総称,誤用で ミソサザイ(troglodyte)。
‘reatino'は ミソサザイで良いが‘reattino’とも綴られる。別称‘scricciolo'。 
‘reyezuelo'原文では‘reyezuolo'だがスペイン語の辞書により修正。キクイタダキ。
‘Zaunk nig' グリムは‘troglodytes',すなわち普通のミソサザイ だとしている。
OEDは英語の‘wren’を高地 ドイツ語の‘Wrendo'‘Wrendilo’またはアイスランド語の‘rindill'に由来する語であろうとしている。

*3 「王殺し」は古代社会において,ある王の統治が長期に渡った場合行なわれたとされる一種の通過儀礼。 現王を一旦死んだことにしてその葬儀を営み,子供あるいは奴隷などを数日仮の王にたてたのち生贄に屠る。その間,真の王は洞窟・ 墓所などにこもり,「死をくぐりぬけた」王としてあらたに君臨する。後世これはヤギなど動物に代えられた。王の自然死は 凶作を招くとされていたので,王は病気などで死期が近付くと自ら犠牲となり,血は大地に,肉は女王や王女により食されたともいう。

*4   アリストテレス上述(補足参)には既に「…王様と呼ばれ…鳥の王たる鷲がこれと闘う」とある。

*5  現行では KHM.102。熊を頭に狐を参謀にたてた獣軍に対し,鳥軍を率いる ミソサザイは蚊をスパイにたて, 戦いに圧勝する。

*6  David Herd (1732〜1810)   スコットランドの民謡蒐集家。

*7  12月27日…これはマン島の例。聖ステファン の祝祭は一般に12月26日に催される。 St.Stephen は『使徒行伝』にみえるキリスト教最初期の殉教者・聖ステパノ。西部アイルランド(とくに Galway)でハロウィーン(10/31) の日にこの狩りを催すとした例(N.& Q.2ndS.・.p.209)も見られる。 

*8 ‘brewery-pan' ビール醸造用の深鍋。

*9 Joseph Train(1779-1852) スコットランド関係の好古家。W.スコット卿の情報提供者としても知られる。

*10  George Waldron (1690-1730?)  マン島に在住の詩人・地誌学者。

*11 収集1842にはこの唄およびこの記述なし。収集1849にも見当たらない。後版1853ではNo.558。 しかれども解説なし。典拠不明。


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